水戸地方裁判所 昭和23年(レ)16号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人等は連帶して控訴人に対し金十円を支拂うべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」旨の判決を求め
被控訴代理人は「控訴人の控訴を棄却する。」旨の判決を求めた。
控訴代理人の事実上の主張
控訴人は茨城縣那珂郡芳野村において農業を営み相当の地位にあるものであるが、被控訴人佐藤武雄は芳野村巡査駐在所勤務の茨城縣巡査、控被訴人沼尻正一は同郡菅谷警察署勤務の刑事係巡査でいずれも司法警察吏として犯罪捜査の補助に從事中、昭和二十二年十月二十日頃訴外高野喜が其の頃何人かのため甘藷十俵を窃取された旨同人の申告に基いて犯人の捜査を行い、この犯罪について控訴人は全く寃罪なるに拘らず被控訴人等は控訴人を目して犯人となし、檢事の指揮によらぬ独断を以て被控訴人武雄は同年十一月七日午前七時半頃控訴人に対し自宅において任意同行を求め、強いて抗らわざる控訴人をその承諾に藉口して逮捕し芳野村巡査駐在所に連行し、そのまま同日午後四時頃まで同所の一室に抑留した。その間午前十時頃被控訴人等は予め被疑事実を告げず「お前の供出した甘藷は誰れから買受けたか。買受けたものでなければ盜んだものであろう。お前の甘藷に附着する土と盜まれた者の畑の土質は同一である。お前は到底脱れることはできない。正直に申上げるがよかろう。」と訊問した。控訴人には左様な事実はないから自分の供出した甘藷はすべて自家の生産にかかる旨眞実を答えると正午頃被控訴人等は控訴人を抑留したまま控訴人の留守宅に行き、控訴人の娘はな孫もとに対し「控訴人は刑務所に入れてある。お前等の供出した甘藷は何処から盜んだものか隠さずにいえ。」と訊問した上、はな等に命じ俵の掛繩の実演をさせ且つ控訴人の住居に立入り土間を捜索し且つ控訴人の畑に案内させてその土質を檢証したが、右の取調べはすべて徒労に終つたため同日午後四時頃控訴人を釈放した。これは被控訴人等が如何に控訴人の承諾に藉口しようともその実において控訴人を逮捕し、その住居等について侵入捜索檢証をしたものである。
日本国憲法第三十一條、第三十三條、第三十四條、第三十五條及びこの線に副う日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律(單に措置法という)の規定によれば何人も裁判官の発する令状によらなければ逮捕されその住居等について侵入捜索押收を受けることのない権利を有する。これはいわゆる基本的人権として憲法が国権によつて妨げられることのない永久不可侵の権利として個人に與えられたものであり、控訴人もまた固よりこれを享有する。しかるに被控訴人等の叙上の取調べは全然令状の交付をうけずしてなされた。從つてこのため控訴人は憲法の保障する基本的人権を奪われたのみならず、同時に被控訴人等の不法な取調べによつて痛くその名譽を毀損されたものであつて、そのため控訴人の被つた精神的苦痛は甚大である。当時若し被控訴人等において控訴人に対し犯罪の嫌疑を生じたならば措置法第八條の規定するところによつて極めて容易に逮捕状その他の令状の交付を求めえたであろう。從つて被控訴人等が令状なくして叙上の処分に及んだことは被控訴人等の故意に基くか又は捜査機関としての職務の遂行に必要な注意を拂わなかつた過失あることに基因する。されば被控訴人等は共同不法行爲者として控訴人に対し連帶して因つて生じた損害を賠償しなければならないところ叙上被控訴人等の執つた行爲の態様、当事者双方の社会的地位、資産情況等にかんがみ控訴人の被つた苦痛を慰藉するためには被控訴人等より金千円の支拂をうけるを相当とするけれども差当り本訴においてはその内金十円の支拂を求める次第であると述べた。
被控訴代理人の事実上の主張
控訴人主張事実中控訴人と被控訴人等の身分、職業、地位、被控訴人等が控訴人主張のような犯罪について控訴人に対する捜査を開始したこと、裁判官から控訴人に対する逮捕状その他の令状の交付をうけることのなかつたことは認める。しかし控訴人に対し其の基本的人権を侵害するような強制力を用いた事実は否認する。被控訴人等は捜査の必要上控訴人に対しその供出した甘藷の入手経路を調査するため控訴人に任意の出頭を求め、その陳述を聽き且つその自由意思に基く承諾の下に控訴人の住居や畑等につき実況を見聞せるにとどまる。これは大正十二年十二月司法省刑事局刑事第一〇〇九二号司法警察職務規範の規定するところに從い、職務当然のことを行つたものであるから何等責任を問われることはない。その余の事実は以下に述べる事実に反する点はすべて否認する。被控訴人武雄は昭和二十二年十月二十日頃盜難の申告をうけ、直ちに其の旨菅谷警察署長に報告命令を乞うた。その後十一月七日頃被害者から盜品に俵装その他の類似する甘藷四俵が鴻巣駅前において一般の供出甘藷中から発見せられ、その俵に附した票箋紙には供出者として控訴人の氏名が記載されていたのでその旨直ちに右署長に報告し、署長から控訴人の承諾をえて芳野村巡査駐在所に出頭せしめる様に示達され、同日午前八時半頃控訴人宅において盜難事実と控訴人の名による供出甘藷中から盜品に俵装その他の類似する四俵が発見された旨を告げ、駐在所に出頭すべきことを要求したところ控訴人は直ちに諒承して率先指定場所に出頭した。被控訴人武雄はそのまま外出し途中菅谷警察署長より派遣された被控訴人正一と合し、午前十時頃共に鴻巣駅前に臨み喜の指示により前記四俵についてその俵装、甘藷の品種、附着土を調査した結果被害者のものと同一なことを慥めた上正午頃駐在所に到り右調査せるところを逐一控訴人に説明した上「甘藷を買つたのなら買つたといつて欲しい。」と訊問し、控訴人の任意の陳述を求めたが控訴人は自家の生産品なる旨主張したので被控訴人等は控訴人に対し、その畑を檢分したき旨要求したところこれを快諾した。そこで控訴人に晝食を供して同人を同所に残し正午過被控訴人等は控訴人の留守宅を訪ね、家人との間に控訴人と取交わしたと同様の質疑應答をし、次いで家人より任意案内をうけ甘藷畑においてその土質を調べた結果、前記四俵の甘藷に附着する土質と相異することを慥め控訴人に対する嫌疑を深め、午後一時半頃駐在所に戻り調査の結果を署長に報告しその命によつて午後二時頃控訴人の帰宅を求めたものであつて、控訴人が基本的人権及び名譽を毀損する事実はないものであると述べた。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人武雄は芳野村巡査駐在所勤務茨城縣巡査、被控訴人正一は菅谷警察署勤務刑事係巡査として司法警察吏たる職務に從事中、昭和二十二年十月二十日頃訴外高野喜が自宅において甘藷十俵を窃取せられた旨同人の被害申告に基く犯人の捜査遂行に当り、控訴人を芳野村巡査駐在所において取調べたがその取調べは控訴人に対する裁判官の逮捕状その他の令状の交付を受けずして行われたことは当事者間に爭ない。
原審及び当審における証人高野喜の証言当審における証人五來武の証言、被控訴本人両名の各訊問の結果を綜合すれば訴外喜は前記被害事実を被控訴人武雄に申告して犯人の檢挙を求める一方、自ら百方盜品を探索したところ十一月九日頃鴻巣駅前において一般の供出甘藷五万俵中より同人の被害品と俵装の類似するもの四俵を発見して被控訴人武雄に傳えたので、同人は直ちに同所において喜の指示する俵を調査すると、それにはいずれも供出者として控訴人の氏名の記載せる票箋紙が付してあり、四俵共結び繩にたばこ繩を用いさんだわらは片方が新品他方が古品で喜の盜品に俵装一致し、且つ在中の甘藷及びこれに附着する土質は凡て喜のものと極めて類似した。これより先被控訴人武雄は喜から同人の甥高野誠が予て盜癖あることをきき、この方面の捜査もしていた関係から右取調べの結果にかんがみ一應該品は控訴人が窃取したものか、或は同人が誠から買受けたものではないかという嫌疑を深めたため、この旨所属菅谷警察署長に報告指揮をうけた。被控訴人正一は同署長の命をうけ同日午前十時頃被控訴人武雄と共に鴻巣駅前において再び前と同様の調査をなし、且つ顕微鏡によつて土質を檢査した両名共同一の結論に達した結果、被控訴人等は控訴人を取調べる必要を生じ捜査の方法としては任意捜査の方法によるを適当と考えるに至つたことがわかる。これによれば喜の申告を端緒とした捜査はその進行に伴い控訴人に対する嫌疑を次第に客観的なものたらしめたものとして被控訴人等において控訴人を取調べる必要を生じたことは道理ありというべく、その動機において何等不純の目的を包藏しなかつたといえる。
控訴人は控訴人の出頭は任意同行に藉口するもその実において逮捕の質を具え、爾後の行爲はこれと一聯をなす強制処分なる旨主張するから被控訴人等の措置が果して強制的要素を含むかどうかを考えるに、原審及び当審における証人高野喜、同間宮はな、同間宮もとの各証言、控訴本人の訊問の結果、当審における証人会沢壽貞の証言、被控訴本人両名の各訊問の結果(後記措信せざる部分を除く)を綜合すれば被控訴人武雄は所属署長より控訴人の出頭を求めるよう手配すべきことの示達をうけ、同日午前八時頃控訴人方に臨み同人に対し訊問の必要のため芳野村巡査駐在所に出頭せられたき旨要求した。すると控訴人は特に拒まず直ちにこれに應じ被控訴人武雄と共に自宅を出で中途まで同行、その後は別々に午前九時頃同駐在所に出頭した。この際被控訴人武雄は「控訴人に対し控訴人にきかなければわからないことがあるがここで話すのも憚かれるから駐在所へ來てくれないか」と申向けたにとどまり、控訴人の反対を抑圧するような挙動を示したことはなく、又控訴人から出頭を拒まれたことも又拒まれてこれを遮つたこともなかつた。同所に出頭後被控訴人武雄は同人と共に取調べに当るべき被控訴人正一を迎え、問題の甘藷四俵を改めて檢するため控訴人を其処にとどめたまま他出した。控訴人は駐在所に止めおかれたもののその際これを拒む意思を表示することはなかつたし又その間退去しようとすれば何時でも自由に退去できる状態に在り、これを妨げる有形無形の如何なる措置も講じられたわけではなかつた。この間被控訴人等は前記の如く鴻巣駅前において問題の甘藷を取調べ午前十一時頃帰所した。そして午前十一時頃から午後一時頃まで主として被控訴人正一によつて控訴人の訊問が行われ、被控訴人武雄は終始これに口添えした。被控訴人正一は控訴人に対しその身分を名乗り「高野喜が盜難に遭い盜品と覚しきものの一部が一般の供出甘藷中より発見せられたが、それには控訴人の票箋紙が貼つてあるからこれは控訴人が何人かから甘藷を買入れたものと思料せられるにつき、その賣主を知り度旨申向けると控訴人は甘藷は自己の生産するところにして賣主はなしと應じた。ここにおいて被控訴人等は買品にあらざれば盜品と思料する外なく、若しその事実が判明する場合は早晩たばこも喫われないようなことにならぬとも限らぬ」旨申向けたけれども、この趣旨を超えて他に控訴人の主張を抑圧してその発言を妨げ或はこれを左右する方策を講じることもなかつたから控訴人は自由に自己の確信する寃罪を主張することができた。かかる應答の末被控訴人等は控訴人に対しその甘藷畑の土質について取調べたき旨を申向けた。控訴人は訊問の進行につれて被控訴人等の嫌疑の由來するところを悟り、当事者間に互に対立する主張ある以上甘藷の品種や附着土質について取調べをなすことは直ちに控訴人の寃罪を明かにする上にも有力な資料となることを諒解したため、この申出を應諾した。そこで被控訴人等は控訴人に晝食を供した後同人を駐在所に残して午後一時頃他出した。このため控訴人は被控訴人等の帰所した午後四時頃まで約三時間独り駐在所にとどまるの余儀なきに至つたものの、この際控訴人は進んで退去を申出でず又これを妨げられたこともなかつたのに退去をしなかつた。被控訴人等は控訴人の留守宅及び畑において必要と考える取調べを終えて帰所し、控訴人に対し再び甘藷の買入先について訊問したが控訴人が依然として前言を翻さぬのをみて署長の指示に從い直ちに午後四時頃控訴人を帰宅せしめた。これより先被控訴人等は前記の如く控訴人の留守宅において娘はなに面会を求めるとはなは控訴人の住居内にてこれに應接したので被控訴人等もその住居に立入つたがはなはこれを拒まなかつた。そこで被控訴人等ははなに対し控訴人が名を以て供出された甘藷中から被害者喜の被害品に俵装その他の類似する甘藷が発見せられたことにつき控訴人を取調べた結果によれば同人は甘藷を買受けた事実なしと主張するも、恐らくは賣主の名を出すことを憚るものと思うにつき何人から買受けたものか取調べ度旨往訪の趣旨を告げた。はなは控訴人の供出したものは凡て自家の生産で俵装ははな等が自らなしたと主張した。被控訴人等ははな等が俵に施した掛繩の方法について説明を求めた。はなはこれに應じて説明した。この訊問の際たまたま附近台所土間に甘藷が有合せたのをみて被控訴人等はこれを取つた。はなはこれを拒まなかつたのみならず控訴人から被害品に附着する土質が既に顕微鏡檢査の結果によつて判然したことをきくに及び被控訴人等の要求に應じて進んでこれをその畑に案内した。そこで被控訴人等は一塊の土を執り駐在所に持参したという経過が認定せられ、被控訴人等の捜査が右認定の範囲を超脱する事実は発見せられないから被控訴人等の取調べはすべて控訴人の任意の承諾の下に行われ、その結果においては何等控訴人の身体の自由及び財産に対し強制的要素を含まざる処分の範囲にとどまつたものといわなければならぬ。
この取調べのため前後七時間を費したことは当時の経過に徴し必ずしも不自然とせぬから、これまた逮捕押收捜索及び檢証等を推知する資料とならず又前記証拠中右認定に反する証拠は措信せず、その他これをくつがえし控訴人の主張を認めるに足る証左はない。憲法はその第三十一條以下十個條の規定において犯罪捜査の面につき捜査機関が自らの権限として、逮捕押收捜索及び檢証等の強制処分をなす場合には必ず裁判官の令状によるものとして一定の司法的抑制を加えこれに基かぬ処分は、たとえ処分を受ける者の承諾があるとないとに拘らず一切許さぬものとした。
しかしながらこのことは必ずしも強制的要素を含まざる捜査機関の処分に対しても又令状によるにあらざれば捜査を許さぬものとして捜査機関による任意捜査の範囲を一切否定し去つたものではない。却つて(一)事案軽微にして令状によるを不適当とする事件、(二)何人に対してもその権利を侵害し又は義務を負わせることのない処分、(三)たとえ人の権利を侵害し又は義務を負わせる場合であつても本人の眞の承諾があるとき等にはいわゆる任意捜査の方法により令状なくも取調べをすることが許され、しかもむしろこれを相当とするのであつて現行刑事訴訟法がその第百九十七條において旧刑事訴訟法第二百五十四條と全く同一の規定を設け、又現行法第百九十八條、第二百二十一條、第二百二十三條等の規定にみるもこの趣旨が推知できる。而して捜査機関たる被控訴人等において取調べの必要を生じた以上苟も捜査の目的を達するに必要な限り如何なる取調べをもなすことができ、且つ被疑者に対し強制力を用いるか或は任意捜査の方法によるべきか、その範囲及び方法が一に捜査機関の裁量にゆだねられることは措置法の下においても旧刑事訴訟法(第二百五十四條)当時と変ることはないから、被控訴人等が上官の命により控訴人に対し後者の方法によつて捜査を遂行したことはすこしも非難されることではない。控訴人は檢事の指揮に基かない捜査は不法なる旨主張するけれども旧法(第二百四十八條)上警察官たる司法警察官は檢事の指揮をうけ犯罪捜査に当るものとはいえ、必ずしも特定の事件につき檢事の指揮あるを俟つて始めて捜査に着手しうる趣旨でなく、唯一般的に檢事の指揮に服するというにすぎず各自捜査に着手することを妨げるものでないからこの主張は理由がない。然らば本件は正に控訴人の承諾に始まり結果においてすこしも強制的要素を含まなかつたものであるから、捜査機関がその裁量により任意捜査の方法によつて当然遂行しうる捜査の範囲であり、控訴人が主張する基本的人権の侵害を伴い得ざる場合としなければならぬ。
控訴人は被控訴人の訊問により名譽を毀損せられ精神上甚大の苦痛を負いたる旨主張するけれども被控訴人等の取調べが毫も捜査として合法の範囲を出でなかつたこと前述の如しとすれば、被控訴人等において他に不純の目的を以て取調べのため必要とする範囲を逸脱したことの主張及び立証なき限り該取調べを以て直ちに故意又は過失によつて控訴人の名譽を毀損したものとすることはできない。
果して然らば被控訴人等の行爲は控訴人の基本的人権及び名譽を毀損したということができないから、これを根拠とする控訴人の請求は理由なく、これを棄却した原判決は相当であり控訴人の控訴を棄却し、民事訴訟法第三百八十四條訴訟費用の負担につき第八十九條、第九十五條に從い主文の通り判決する。
(裁判官 重友芳夫 川村義比古 池羽正明)